みなさん、こんにちは。
今日は佐藤正午さんの『熟柿』について、ご紹介していきたいと思います。泣く子も黙る本屋大賞の第2位となった作品ですね。
私は佐藤正午さんも熟柿という作品も今回の本屋大賞で初めて知ったのですが、佐藤さんは70歳ということでかなりベテランの作家さんですね。そして、熟柿は、何と連載開始が2016年だそうです。8年以上かけて完結した力作になりますが、私は読んでいる時に正直退屈に感じた面もありました。
今回は、その辺りも含めて内容を紹介していきます。ネタバレを含みますのでご注意ください。ちょっとミステリー要素も含んだ作品ですのでね。それではやっていきましょう。
過ちと救済の物語
私は、本を読む際、「主人公にどんな問いが突きつけられ、それにどういう答えを出したのか」をなるべく意識するようにしています。今回の熟柿の主人公であるかおりに突きつけられる問いは、普通の人が一瞬の判断の誤りで犯した罪はいかに贖われるのか、ということになろうかと思います。
かおりは冒頭の晴子おばさんのお通夜での振る舞いから、かなりの常識人ということがわかります。いくら生前の評判が芳しくなかった方であるとしても、故人の霊前でハメを外してはしゃぐことはしない人なんです。そんな人でも、一瞬の事故や判断の誤りで全く人生が狂ってしまうわけです。
そして、罪を犯した以上、罰が科されます。それは刑務所でのお務めに限りません。かおりには刑期を終えた後も、犯罪歴という経歴が常について回り、それが理由で何度も職場を追われることになります。
これに対して元夫は対照的に描かれます。この元夫はお通夜の席でしこたま酒を飲み、妊娠中の妻に車を運転させ、事態を把握しながら見て見ぬ振りをし、証拠の隠滅をはかり、それが無理だとわかったら妻に全ての罪を着せ、離婚して、息子の親権を奪い、再婚して、その後も息子に会わせないわけです。かなり問題のある人だということが分かるわけですが、そういういわば悪人ではなく、かおりさんのような普通の人が罪を犯してしまう話です(こういう、分かりやすい善悪の書き分けは、作品の奥行きを削いでいるように感じました。)。
では、どのように救済がもたらされるかというと、時間と他者という二つなわけです。
熟柿というタイトルにもある通り、非常に時間をかけて立ち直っていくことになります。かおりは最初、幼稚園や小学校に進入して直接息子に会おうとしますが、そのことはかえって状況を悪化させてしまいます。機が熟すのを待つという態度ですね。結果として、息子との再会に16年という歳月を費やすことになりますが、このことは、とかく早く結果を出すということが求められる現代社会に対するアンチテーゼと言って良いと思います。
そして、救済にもう一つ重要なのが、他者からの救いの手です。かおりには、転機転機で様々な方から救いの手が差し伸べられることになります。いとこの慶太君や久住呂さん親娘はもちろん、石和温泉の中野森さん、大阪のパチンコ屋の店長。そして土居さんですよね。個人としての自立と自由が、反面孤立を招いてしまう中で、いろんな人の助けを借りて、少しずつ立ち直っていくわけですね。
そしてこれが、最初に提示した問い、「普通の人が一瞬の判断の誤りで犯した罪はいかに贖われるのか」に対する答えになろうかと思います。時間と人。この2つですね。
「人の子の親」
もう一つ、この小説の重要な側面としては、母と子の物語であるという点があるかと思います。
現代は、かつてのように結婚して子供を持つということが当たり前というわけではなくなりました。子供を持たないという選択肢も、個人の選択として少なくともかつてよりは尊重されるようになったと思います。
ただ、時代はそこからさらに一巡して、子供を持つことの意味が再確認されているように感じます。これは政府の少子化対策などとは無縁に、子供を持たないという選択をした先人たちの経験の蓄積が歴史として若い世代に伝わっている結果ではないかと思います。1人の人間として子供を持つことの意味が、この小説で提示されているように感じました。
この「過ちと救済の物語」という縦軸と、「人の子の親の気持ち」という横軸という2つのテーマ設定の魅力が、本屋大賞2位に選ばれた理由の一つではないかと思います。
現代的なテーマ設定、しかし
ここまで見ると、テーマ自体はかなり明確で、現代的であると思いますが、読んでいる時は正直退屈に感じました。
というのもこれらの問題提起は、「既にある問い」であり、救済の形も「予見可能な範囲」に収まるものでした。「秀才は難問を解くが、天才は一見簡単な問いを提示する」と言ったりしますが、文学はまだ言葉になっていない声なき声を掬い上げて、それを物語の形で「問い」として提示するものではないでしょうか。その意味で、この作品で提示された問いは、既知のものであり、喉元に突きつけられたナイフをような「際どい問題提起」とは言えないと思います。このあたりが私が退屈と感じた理由かと思います。
まとめると
- 過ちと救済の物語
- 子供を持つことの意味の再提示
- テーマは現代的だが、「既にある問い」に「予見可能な回答」を提示するに留まっている
と言ったところでしょうか。
ただ、テーマ設定は作品の魅力の一つに過ぎません。物語としての面白さもありますし、感情への訴求力もあります。特にかおりさんと拓君の再会シーンは、きれいなだけで終わらない緊張感のあるシーンでした。
本日は以上です。また、次の読書でお会いしましょう。


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