合理的な選択も器用な立ち回りも捨て、自分という存在を強烈にドライブする衝動に身を委ねたい(ベラルーシ獄中留学記、照井希衣)

読書

こんにちは

たまに行く独立系の書店があるのですが、そこで見つけた『ベラルーシ獄中留学記』を読んでみました。海外撮り鉄の著者がベラルーシで鉄道を撮影中に逮捕され、約半年後に解放されるまでの体験記です。獄中の尋問、食事、排泄、いじめ、暴力から大使館の支援まで、体験しないと分からない1次情報に溢れていました。

エピソード

  • 勾留がいつまで続くか分からない中で、拘束を留学と捉えて獄中のメンバーからロシア語を勉強し始めます。留学記となっているのは、そのためです。
  • 獄中のメンバーには、お尻にドラえもんのタトゥーが入ったモロッコからの留学生がいた。彼は喧嘩で国外追放になります。
  • また、ウクライナから兵役を逃れるために、祖国を捨てて隣国に不法入国したウクライナ人がいた。
  • いい人だけでなく嫌なやつもいて、ことあるごとに難癖を付けられ私物を横取りされたりした。
  • 最終的に著者は、トランプ大統領の働きかけによってルカシェンコ大統領から恩赦を得て開放される。他のメンバーと一緒にリトアニアのアメリカ大使館に送られるのですが、そのときアメリカの外交官は「あなたたち14人はファーストグループに過ぎない。ゆくゆくはベラルーシ国内で不当に拘束されている人を全て解放する」と言ったようです。著者は性的マイノリティなので、トランプ大統領のことを好意的に捉えていなかったのですが、アメリカの力を思い知ったようでした。

自己責任は自覚するものであり、他人を指弾する道具ではない

この本を、自己責任という文脈で意地悪く読もうと思えば読めるかも知れません。

実際、両親や外務省の注意喚起を無視して、私利私欲のためにベラルーシに渡り、スパイと疑われても仕方がない行為をし、会社は長期間欠勤し、外務省や大使館に多大なリソースを割かせ、両親、友人などに心配をかけたうえ、その体験を本にして金銭的利益まで得ようとしている。意地悪く見れば、そうみることもできます。

ですが、自己責任とは本人が自覚するものであり、他人を指弾する道具ではないのではないでしょうか。著者は、今回の件を責任を自覚にしているように感じました。

自分自身を突き動かす情熱

それよりも、。

著者は、鉄道や外国に対する強い興味・関心から、親に嘘をついてお金を借りたり、渡航先を偽って危険な国に渡ったり、その渡航先で自動車事故を起こしたり、クレカの決済が滞ったりと様々な問題を引き起こしてきました。親としては心配でしょうし、巻き込まれる方々は気の毒なのですが、私は私は後先の見境なく自分の情熱にフルベットできる著者を見て、登山家の山野井泰史さんを思い出しました。

山野井さんは、世界的なアルパインクライマーで、中学生の頃から危険なクライミングを繰り返してきました。あるとき、千葉の鋸山で滑落事故を起こして父親からクライミングをやめるように言われて大喧嘩をします。クライミングをやめるなら死ぬと言って包丁を腹に当て、最終的に折れた父親は山岳クラブに入会することを条件にクライミングの継続を認めます。

高校卒業後は大学進学や就職などは考えず、すぐにヨセミテに渡りクライミングに明け暮れ、カナダバフィン島のトール西壁などで名を上げ、その後もヒマラヤのチョ・オユー南西壁や、ギャチュンカン北壁といった数々の登攀が評価され、日本人で唯一ピオレドール生涯功労賞を受賞しています。人類のアルパインクライミングの歴史に名前を刻んだ日本人と言ってよいと思います。

山野井さんは「登山というものを知ってから、僕はずっと発狂してる」とか、「将来どうやって生活していこうということは考えなかった。次はどこに登ろうか、それだけを考え続けてきた」ということを述べています。親や周囲の反対を押し切って、自分の内なる衝動にしたがって走り続けた結果、世界的な評価を得るに至るわけです。

この本の著者の照井さんもお父さんから非常に強い反対を受けます。お父さんからの手紙が掲載されているのですが、そこに記載されている内容はいずれもごもっともです。他人に迷惑をかけないということは、もちろん重要です。

しかし、自分という存在を強烈にドライブする内なる衝動は何物にも代えがたいのではないでしょうか。個人的な希望を申し上げれば、照井さんには、そのような衝動に身を委ね、フルスロットルで突っ走って欲しいですね。

本日は以上です。また、次の読書でお会いしましょう。

要領の良さを捨て、器用な立ち回りを捨て、合理的な選択を捨て、自分という存在を強烈にドライブする「衝動」に取り憑かれたいと思う人は少なくないのではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました