[本の小並感 170]多様な社会はなぜ難しいか 厳しすぎる解雇規制が、企業に女性の差別的待遇を強いている

読書

水無田気流(みなしたきりゅう)は、詩人で社会学者である。

ちょっと意外な兼業だが、現代社会を切り取り言葉で表現するという意味で、そんなに不自然でもない気がする。私は彼女の音速平和という詩集が好きだが、世間では新聞への寄稿やNHKの討論番組に出演しているので、社会学者としての水無田気流の方が有名かも知れない。

この本も、日経新聞のコラムを元にして作られている。

特権階級が気づかない女性の十字架

私の母親は朝子供の弁当を作り、パートで9時17時で働き、帰ってきて私を塾に送り、その後夕飯を作るという生活で子供を3人育て、一時期は祖母の介護までやっていた。誠に頭が下がる思いである。

私の職場の女性は残業も男性社員ほど多くなく、一見楽そうに見えるが、特権階級が自身のレントを意識しない様に、私の職場の女性も仕事に私生活に男が気づかない大変さを背負っているかも知れない。

原因は、日本社会に巣食う偏見、慣習、価値観なのか

この本で不満なのは、何をどうすればいい、と言う具体的な解決策の提案が皆無だと言うことだ。本書では日本でダイバーシティが進まない原因は「最大の阻害要因は政治部門であることは間違いない」と言いつつ、出てくるのは森元首相の失言問題などである。

コロナで女性の失業・自殺が増えている問題では、「この社会的な社会的な病を克服するには、社会のはらむ構造的課題を解決する必要があると強く訴えたい」としながらも、具体的な提案はない。

著者に言わせれば、それは社会制度的なものではなく、日本社会に巣食う偏見、慣習、価値観ということなのかも知れないが、問題を個人の倫理意識に求めすぎている気がする(これは、時事性のある新聞のコラムを集めたものかも知れないが)。

厳しすぎる解雇規制が、企業に女性の差別的待遇を強いている

では、この本のタイトルの疑問、つまり「多様な社会はなぜ難しいか」という疑問への答えは何だろうか。それは、一つには日本の極めて厳しい正社員の解雇規制があるだろう。解雇できない、というのは一見良いことの様に見えるが、次の様なルートをたどり、女性に差別的な待遇を強いている。

解雇できない → 採用に慎重 → 業務とリソースとの調整が難しい → 出産で就労期間に穴があく女性は使いにくい → 男性社員の残業でカバー → 採用は男性・女性は非正規 → 女性の就労機会減少 → 女性の労働市場での価値低下 → 女性は低収入

日本企業が女性蔑視の価値観に支配され、偏見に満ちている極悪企業だから、女性の正社員採用が進まず、管理職が増えないのではない。厳しすぎる解雇規制が、企業にそういう選択肢を強いているのだ。

だから、正社員の解雇規制の緩和は、女性の社会進出にも貢献する。解雇が可能になれば、企業は使えない男性社員を解雇し、使える女性を採用する。性別ではなく能力で採用するのだ。もちろんこれだけで全てが解決することはないが、それでも状況の改善に小さくない一石を投じるだろう。

雇用の流動化が進めば不安に感じる人もいると思うが、実は大きなメリットもある。雇用の安定は、すなわち「雇用の固定」だ。人の入れ替えが困難な状況では、途中離脱の可能性が高い“女性”は、解雇以前に雇用の段階ではじかれてしまう。解雇は規制できても雇用は強制できないからだ。しかし、このような状況は大きく変わるだろう。そして流動性が高まれば取引が活発になって価格(給料)が上がるのは、株でも人材でも同じだ(これを流動性プレミアムという)。
出典:雇用の流動化は女性の“正規雇用”を促進するか?

「違和感の表明」に留まっており、タイトルの疑問に答えられていない

最も優先すべきは個人個人の多様な価値観であり、社会制度がそれを被差別的に扱ってはいけない。人々がそれを望むなら制度の方を変えるべきであり、その逆ではない。ましてや、独善的な価値観の押しつけなど持っての他である。

この点で私は、著者とスタンスは変わらないが、問題の原因を個人個人の意識のあり方や社会的な慣習などに求めすぎている様に思う。目立つし腹の立つこともあるだろうが、そういう人々はFuneral by funeral, theory advancesの精神も必要だろう。

本書は、悪く言えば「違和感の表明」に留まっており、タイトルの疑問に答えられていない。本業は詩人である様に思う。

めも

  • ダイバーシティ経営が企業の長期的な成長を後押しする説を紹介しているが、やや短絡的だと思う。確かに異物を排除する均一な村社会では、環境の変化に適応しにくいだろう。だからダイバーシティ経営自体を否定するわけではないが、それができるならやっている。文脈を共有しない異質なメンバーを統合してパフォーマンスを発揮してもらうには、逆説的だが多くの日本企業が経験したことのない非常に高度な管理が必要だ。この辺りも「ダイバーシティ経営すべきだ」という規範的意見が先に立ち、「なぜそうならないか」という構造的問題への洞察が乏しい様に思う。
  • マーチン・ルーサー・キングJrの「穏健な白人への失望」はやや耳が痛い気がする。目標には賛成するがその行動はいかがなものか、という秩序を重んじる白人穏健派。善意の人々による浅い理解は、KKKのような悪意ある人々の絶対的誤解より腹立たしい、と言っている。
  • 本書でも一部言及されているが、現在の様々な社会制度は、男が外で稼ぎ女が家事をするというようないわゆるイエをもとに設計されており、それらは相互に補完的なので、その一部だけを変えてしまうとかえって全体の効率を落としてしまう。解雇規制も社会保障を民間企業に担わせているので、解雇だけを可能にすると様々な問題が発生するかも知れない。しかし、そのような複雑な問題の総体を全て一気に解決することは不可能であり、多少の齟齬は承知で一部からでも手をつけるしかないだろう。解雇規制の緩和はその価値があるように思う。

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