[本の小並感 147]MAKERS 3D roboticsの成功と失敗は、何を意味しているのか

読書

Industry4.0が叫ばれる様になったのはいつ頃だろうか。サイバーフィジカルシステムやIoTを核とし、ドイツから提案されたこの概念は新しい時代の製造業のあり方を示すものとして流行した。最近はいっときほど聞かなくなったが、それはこの概念が実装の段階に入ったことを示すものであることの様に思う。

この本は2012年に書かれているので、Industory4.0が日本で流行り出すよりも早い。帯にある様に「製造業の未来」を示している様に思う。

何が書いてあるのか

ざっくり言えば、次の様な感じだろうか。

かつては大規模な工場や製造設備を持っていることが企業の競争力の源泉だった。しかし、3Dプリンターに代表される様に製造手段が民主化された今、製造業は「作ること」ではなく、アイデアとそれを実現するエコシステムが競争力の源泉になる。

それは、半導体産業においてメインフレームから個人用PCへと「パラダイムシフト」が起こり、その変化に対応できなかった日本の半導体メーカーが軒並み競争力を失っていったことを思い出させる。日本の製造業も同じ道を辿るのだろうか。

3D roboticsの成功と失敗(ロナルド・コースよりハイエク)

この本のいいところは、概念だけではなく、事例が豊富に書いてあることだ。

著者自身が創業し現在もCEOを務める3D roboticsが、新しい製造業の形をよく示している。子供と遊ぶつもりだった飛行機がうまくいかず、レゴを使った無人航空機を自作することになる。この時は、まだドローンという言葉すら一般的ではなかっただろう。その原型である。

アイデアや開発についてのWebを作成すると、そこにドローンのコミュニティができた。壁に突き当たった時は、そこに投稿すると世界中からアイデアが寄せられ、3D roboticsというドローンの企業を立ち上げることになる。この会社はドローンの先駆者としてピーク時には350人を雇用し、VCの評価は3億6000万ドルを超えた(時価総額?)。

しかし、結果的に3D roboticsは、DJIという中国企業との競争に敗れ、2017年にはハードから撤退、ソフトに専念する方針が発表されている。

アンダーソン:我々はSoloはもう生産しないし、ほかのドローンも作っていない。ハードウェアを作っている他社のアイディアは素晴らしいし、我々はソフトウェアとサービスの面に注力する。また、我々はシリコンバレーの企業でソフトウェアをやっており、ハードウェアは中国企業がやっている。

3D Roboticsの光と影、この2年間に起こったこととは?

DJIは3D roboticsの模倣であり、3D roboticsは当然そのことに気づいていた。面白いのは、クリス・アンダーソンが、その模倣について何もしない、という決断をこの本の中で書いていることだ。

コミュニティのメンバーは、ここまであからさまな模造にショックを受け、これにどう対処すべきかと聞いてきた。

何もしない、と僕は答えた。

オープンソース・ハードウェアの世界で、それは予想されたことであり、奨励されてもいる。流通コストのかからないソフトウェアは無料だ。

ここには、彼の哲学がよく現れている。

同等の性能のドローンがより安く手に入るということは、1社が知的財産を独占して高価格な値段をつけるより、社会全体としては望ましい。彼は、自分たちのコミュニティにいてDJIに情報を流した中国メンバーを称賛しさえする(人によってはスパイと呼ぶだろう)。そして、中国企業の模倣は、自分たちの技術に価値があるという証左であり、派生的なデザインであり侵害ではないとメンバーを諭すのだ。

しかし、それが2017年の業績悪化につながったことは否めないのではないだろうか。彼は、良くも悪くも「利益を出す」という企業の至上命題に応える経営者ではない。まるで、社会全体の利益の最大化を目指す経済学者や官僚、いやテクノロジーを神とする宗教的な預言者の様だ(彼はロナルド・コースよりハイエクに共感を覚えている。)。

日本の製造業の未来

しかし、3D roboticsの失敗(?)が、彼のビジョンを全く否定するものではない。

確かに企業は利益を出し続けなければならない訳で、その意味では彼の描く未来は、営利企業にとってそのまま受け入れられるものではない。利益を上げるためなら、それが社会全体の停滞であったとしても、意図的に非効率を温存してレントを取りに行くのが合理的だ。

しかし、製造業の企業にとって「従来の意味での製造」が価値を持たなくなってきている事実は変わらない。

コンテナ物語という本では、規格化された箱というコンテナとその後の物流網の発展が、消費と製造との地理的な関係性を変えたことを示している。かつては製造拠点は、消費地と近いところに作られていたのだ。ところが、物流コストの低減で、全世界規模で局地集中する大規模工場が主流になる。それまで、アメリカの田舎で中国製の靴を買う、などということは考えられなかったのだ。しかしこれは、物流の担う機能の重要性が薄れた訳ではない。サヤ取りは難しくなったが、むしろグローバルなサプライチェーンを可能にする低コストな物流網の価値は上がっている。

製造業でも同じ様に、二極化が進むのではないだろうか。つまり「製造」に特化しギガファクトリーを運営する数社の寡占化と、より直接的な顧客価値を提供する企画・開発に特化した企業。言い換えれば、前者はSCMに特化し、後者はECMに特化する。現在は一社の中に共存しているこれらの機能を「外だし」するのだ。

それはロナルド・コースが「なぜ企業は存在するのか」という問いに、「取引費用の低下」を挙げたことと符合している気がする。上記のインタビュー記事の中でクリス・アンダーソンが「我々はソフトウェアとサービスの面に注力する」としていることとも対応している気がする。

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