こんにちは
みなさん、自分の今際の際に見る夢のことを考えたことがあるでしょうか。
以前SNSで話題になった「最期に見る夢をいくらで買いますか?」という有名なエントリーでは、子どもという回答を出しています。読ませる文章なので、ぜひ原文を読んでいただきたいのですが、簡単に要約するとこんな感じです。
父が肺がんで死んだ。入院中、抗がん剤の副作用で朦朧とする意識のなか、息子である自分の小さい頃のことを夢に見るのだという。
自分が子育てをする立場になった現在、父に見えていたのが、どのような夢だったのか分かようになった。子育ての一瞬一瞬は、人生において決して忘れることのない本当に価値のある瞬間だと思う。
仕事と子育ての両立は大変である。手間も時間もお金もかかる。しかし、最期に見る夢は何億出しても買えるものではない。今日も自分の戦場で戦おうと思う。いつか来る「その日」のために。(ベンチャー役員三界に家なし)
では、子供がいない場合、どんな夢を見ることになるでしょうか。
子どものいない人生を巡って彷徨う老兵
今回ご紹介する『子の無い人生』の著者である酒井順子さんは、執筆時に40代半ば。出産適齢期は過ぎていて、子供がいない人生が確定しています。酒井さんは、以前は結婚の有無を最も重視していたのですが、40代になって親が他界したことをきっかけに、結婚よりもむしろ子供の有無の方が人生に与える影響の方が大きいのではないか、と考えるようになります。
この本は、そんな酒井さんの子どもを巡ってのエッセイです。
話題は、子なしの偽らざる気持ちや、子持ちの子なしへの目線、男性の子供観はもちろん、沖縄における家族制度や、キリスト教圏・発展途上国での子供観、源氏物語などの古典における子供の存在など、非常に幅広く、着地点を探しながら彷徨っています。
同じような境遇の方、つまり子供がいない方には、同意するようなエピソードが多いのではないでしょうか。実際、ネットでも共感できましたという意見が多いようです。
子どもは持った方がよい、のか?
酒井さんは、この本の全体を通して、価値判断に踏み込むことに非常に慎重で、言葉を選んだ言い回しをしています。下手をすると不毛な分断を煽りかねないテーマだけに、子どもをもたないからダメ、もったからいいというような安直な決めつけは慎重に避けつつ、それでもやはりもった方がいいのでは?という意見に見えました。
子どもは持った方がよいと思う。少なくとも若い世代には、自分のような存在を参考にして欲しい。
酒井さんが、なぜそう考えているのか?については、理由は色々あります。親への負い目、自分の介護、看取り、姪への負担、現代の家制度との親和性、少子化の問題などが挙げられています。
「もたざる者」の選択肢
では子供がいない「もたざる者」は、どうすればいいのか?というと、かなり選択肢は限られるます。
この本では、養子縁組が提案されています。現在でも、結婚と子育てとはセットで語られることが多いのですが、両者を分離することで、子供を持つ選択肢を増やして行こうということですね。ただ、具体的な提案は、このくらいかなと思いました。
「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである。」
これは、三浦綾子さんの「続氷点」で出てくる言葉です。この文脈で言えば、仕事とか社会貢献といったような行為になってくるわけですが、この点については、酒井さん自身も答えを持ち合わせていないように見えますし、そもそもこのような問いに正解があるのかどうかも怪しいかも知れません。
子どもどころかパートナーもいない異常限界独身中年弱者男性が最期に見る夢
著者である酒井さんは、ご結婚はされていないようなのですがパートナーがおられるようです。その意味で、子供どころかパートナーもいない異常限界独身中年弱者男性には、より厳しい現実が待っているでしょう。もう詰んでる、と言っていいかもしれませんね。
私がこの本を読んで、私のような人間は、単純に今この瞬間を充実させるしかないように感じていました。
以前は、将来が不安でやりたいことを先送りにしてきたことも多いのですが、もはやそういう時間はあまり残されていません。今やるか・やらずに死ぬか。他人からどう思われようと、なるべく前のめりに倒れたいですね。いつか見る最期の夢のために。
あと、酒井さんもこの本で度々自分の姪に迷惑をかけたく無いとおっしゃっていますが、私も、自分のケツくらい自分で拭きたいなと思いました。しばらく仕事を辞めるわけにはいかないですね、、、
まとめ
まとめると
- 酒井さんは、子どもは持った方がよい。少なくとも若い世代には、自分のような存在を参考にして欲しいと思っている。
- しかし、持たざる者の選択肢は少ない。養子縁組くらい。
- いつか来る「その日」のために、「今この瞬間」を充実させるしかない。
- 自分のケツくらい自分で拭きたい。
といった感じでしょうか。
本日は以上です。また次の読書でお会いしましょう。
メモ
ベンチャー役員3界に家無し
「ベンチャー役員3界に家無し」というブログに、父の死をきっかけに子供の存在を見直すエントリーがあります。読ませる文章なのでぜひ原文を読んで欲しいのですが、簡単に要約します。
父が肺がんで死んだ。
入院中、抗がん剤の副作用で朦朧とする意識のなか、息子である自分の小さい頃のことを夢に見るのだという。自分が子育てをする立場になった現在、父に見えていたのが、どのような夢だったのか分かようになった。
小さな息子を恐る恐る沐浴させたとき、息子がはじめて歩いたとき、会社に遅刻しそうになりながら息子を自転車で全速力で幼稚園に連れて行ったら、片方の靴を途中落っことしてしまってたとき。これらの時間は本当に貴重だし、人生において決して忘れることのない本当に価値のある瞬間だと思う。
仕事と子育ての両立は大変である。手間も時間もお金もかかる。しかし、最期に見る夢は何億出しても買えるものではない。今日も自分の戦場で戦おうと思う。いつか来る「その日」のために。
というような感じです。
時代の過渡期の世代
(酒井さんは1966年生まれです。酒井さんくらいの世代は、「子供を持つことが当たり前だった時代」から、「持たなくても良い、明確な意思を持たなければ子供が持てない時代」の過渡期を過ごすことになりました。結果として、多くの人がややフワッとした形で子供を持たないことが確定した経緯があります。)
きのう何食べた?
ちょっと参考になるかな、と思うのが、きのう何食べたというドラマです。男性同士の中年同性愛カップルの日常を描いた漫画原作のドラマです。主人公カップルの2人は、子供もいない、仕事もそこまで熱量を注いでいるわけでは無い。末代であることが確定している2人の日常は、2人で食べる食事、を中心に回っています。これは、2人で過ごす今この瞬間を生きているんですね。
婚活するのでしょうか。養子縁組とかできるのでしょうか?人生をフルベットするような創造の対象が今から見つかるでしょうか?いずれも簡単では無いでしょう。
はっきりした主張はわかりにくいが、結果として子供を持たないこととなった自分を参考にして欲しい。という感じか。断言はしていないが、どうも子どもは持った方がよいという意見に読める。賛成
酒井順子、はたと気づく。独身で子供がいない私は、誰に看取られる?『負け犬の遠吠え』から12年、未婚未産の酒井順子の今とこれから。
30代は既婚女性と未婚女性の間に大きな壁がありました。
結婚していなければ単なる「負け犬」と思っていた酒井順子は、40代になり悟ります。
人生を左右するのは「結婚しているか、いないか」ではない、「子供がいるか、いないか」なんだと。
期せずして子の無い人生を歩む著者が、ママ社会、世間の目、自身の老後から沖縄の墓事情まで、子がいないことで生じるあれこれを真正面から斬る!
子どもを巡って、男性の子供感はもちろん、沖縄における家族制度や、キリスト教圏や発展途上国での子供感、源氏物語などの古典における子供の存在など、取り止めもない思考がさまよう。はっきりした主張はわかりにくいが、結果として子供を持たないこととなった自分を参考にして欲しい。という感じか。断言はしていないが、どうも子どもは持った方がよいという意見に読める。賛成
「よい」まで言わなくても、結婚よりも子の有無の方が女性の人生に影響が大きい、とは言っている。
や現代日本での養子縁組、など、思考は彷徨っていて定まらない。
はっきりした主張はわかりにくいが、「子供を持つことが当たり前だった時代」から、「持たなくても良い、明確な意思を持たなければ子供が持てない時代」の過渡期に、結果として子供を持たないこととなった自分を参考にして欲しい。という感じか。
個人的には、子供がいないと暇+いると楽しい、という理由だけで十分な気がする。
価値観が諸先輩方の教訓として浸透し、
もう一つは、結婚以外の子供を持つ選択肢が増えて欲しい。結婚はハードルが高すぎる。養子縁組
どうも子どもは持った方がよいという意見。「よい」まで言わなくても、結婚よりも子の有無の方が女性の人生に影響が大きい、とは言っている。理由は、少子化や社会的なプレッシャー、老後の世話、看取りなど。
はっきりした主張はないが、2つ言える。一つは、子供を持つことが当たり前だった時代から、持たなくても良い、明確な意思を持たなければ子供が持てないという時代の過渡期に、結果として子供を持たない結果となった自分を参考にして欲しい。もたない世代とか誰かを悪者にしていない。
もう一つは、結婚以外の子供を持つ選択肢が増えて欲しい。結婚はハードルが高すぎる。養子縁組
恋愛が自由化された一方で、子供の持ち方の多様化は遅れている、という感じか。
親を看取った経験から、子どもを持つことの。
異国日記は強制的に子どもをもつ話
きのう何食べた?は、パートナーはいるが子どもがいない話。仕事にも求めていない。今、この瞬間を大事にしている。
子どもどころかパートナーもいない異常限界独身男性が最期にみる夢
持たざるものの向き合い方はあまり言及ない?途上国支援と養子縁組か。擬似的。
死んだ後はどうなっても知らないという感覚はやはりある。「どうすればいい?」は容易ではない。自分たちの経験を活かして欲しい、養子縁組がカジュアルになるといい(結婚と子どもの分離)。


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