ブロックチェーンについては、野口悠紀雄の本を何冊か読んできたが、分かったような分からないようなモヤモヤが続いていた。この本はブロックチェーンをモビリティに応用する取り組みだが、結論から言えば、この本を読んでもそのモヤモヤ感が晴れることはなかった。
しかし、具体的なアプリケーションとそれが実現する未来(本来で言えば、モーターショーに期待するようなモビリティの未来像)がイメージできるし、それとは別に先端技術の社会実装がどのように進んでいるのかを実感できる。本屋をぶらぶらしてあまり期待せずに買ったのだが、よかった。
モビリティへの社会実装
- 取引コストの削減(中間業者の中抜き、なぜディーラーは存在するのか)
- データの収益化(高いからの壁)
- 完全従量課金性(フリーライダーの撲滅と、外部不経済の内部化)
取引コストの削減(中間業者の中抜き、なぜディーラーは存在するのか)
なぜ自動車ディーラーは存在するのだろうか。本書では中古車市場で売り手と買い手の情報の非対称性から逆選択が起こり結果的に市場が縮小してしまうという例の減少に対して、ブロックチェーンによる解決を提案している。
一般人がなぜメルカリのように中古車を直接市場から購入できないのか(販売はされているが特殊)。それは通常、中古車の品質を全て確認することはできないからだ。隠した事故歴があるかも知れないし、メーターのまき直しがあるかも知れない。一般人は、そのようなリスクを避けるために中古車ディーラーを介して車を買うのが一般的だ。
しかし、ブロックチェーンは、車の全履歴を偽りなく正確に記録し続ける。デジタルツインで車の全データを情報化し、そこに書き換え不可能なIDを与えることで、中古車ディーラーのような「取引コスト」を大幅に削減できるのだ。
ここはディーラーの例だが、例えば日産の検査不正なども取引コストの一例である。企業は、この取引コストを低減させるために垂直統合を行ってきた訳だが、取引コストが低減されれば水平分業へと移行していくだろう。とにかく、取引コストというのは目に見えにくいが、ありとあらゆる分野で発生し、ブロックチェーンはそれを完全に中抜きできるのだ。
データの収益化(高いからの壁)
では「車の全履歴を偽りなく正確に記録し続ける」というのは、誰がどのように負担するのだろうか。別の言い方をすれば、利益の出せる事業として成立させるのだろうか。この本ではCASEもMaaSもビジネスとしての持続性が低いとしている。
確かに電力と同じように、Uberが既存のタクシーより安いと言っても、それによって市場が大幅に拡大するという訳ではない。需要の価格弾力性が低い、と言えばいいのだろうか。価格が安いからと言って需要が大幅に増えることはないのである。その意味で、新しい市場というよりも、既存の市場を奪っているに過ぎない。
先の取引コストの低下と共に、解決策として提示されているのが「データの収益化」である。コネクテッドカーは常に周囲のデータを収集し続け、そしてそのデータ、事故情報や渋滞情報などをインフラ維持業者や自治体、または地図の作成業者などに売る、というモデルである。
正直これはどこまで実現性、収益改善に寄与するのか分からない。車メーカーは、コネクテッドカーが収集する全てのデータを収集するように契約してくるだろう。今の無料のアプリと同じである。だから自動車メーカーは期待できない。
データの買い手がいるだろうか?その不安があるが、実際「採算性が合わない」という理由で実装が進まない技術は数多い。データの収益化をモデル化し、そのハードルを下げられるだろうか。データは新しい資本であり、独占した物が勝つ。そう言われている訳でGAFA、GAFAと騒がれて不可逆な独占が生まれる懸念がある訳だが、ブロックチェーンは、データのコミュニティの中でどう振る舞うか、が重要となる。囲い込みとは真逆の概念。モヤモヤする。
「ニューノーマル時代におけるモビリティの重要なポイントは、これまでのモノ(車両や部品)を動かすことから、価値を動かすことへと抜本的に発想を転換させることである。そして価値の源泉は地域データにある。価値を顧客・ユーザー側から読むとどうなるかという視点で、地域データの強み・提供価値を再定義する。」
モヤモヤする。
完全従量課金性(フリーライダーの撲滅と、外部不経済の内部化)
自動車の製造や使用で発生する外部不経済、つまり道路整備や大気汚染、騒音といった社会的費用は、通常税金という形で徴収されるが、どうしてもフリーライダーは発生する。このフリーライダーをいかに防ぐかという問題は、経済学的には一つのテーマで、原発から戦争まで他人にコストを負担させようとする無責任な体質の闇は深い。
ブロックチェーンによって、走行データがローコストに共有可能になれば、走ったら走った分だけの費用請求が可能になる。これは一つの例えで、もっと色々あるだろう。高速道路の料金も料金所単位である必要はないかも知れない。スマートコントラクトによってM2Mで自動で支払いを完了するのだ。
「ローコストに価値=情報」を移転できる、というのはブロックチェーンの大きな特徴の一つで、例えばクレジットカードの手数料が4 %だとすると、数%という価値の大きさが分かる。マイクロペイメントは、例えば「お隣の太陽光発電から電気を買う」というような微量な取引の採算ラインを大きく押し下げる。
ただし、固定費をどうするか問題はあるような気がする。発電で言えば、ピーク需要を支えるための発電容量の確保(kW価値)をいかに維持するかという点で容量市場が創設された。完全従量課金性も変動費ではなく固定費観点が必要だろう。
んで
最初に書いたようにモヤモヤ感は拭えないが、それはネガティブな意味ではなく、ブロックチェーンの可能性と、そして自身の業務への応用のヒントが得られそうな、そんなポジティブなモヤモヤ感である。
例えば、ゆうさの下記の記事にはタイムズのカーシェアサービスの使い方が紹介されている。普通のレンタカー屋が開いていないような早朝でも利用可能で便利だろうが、一方で「会員カードを車の後部にあるカードリーダーに窓ガラス越しにかざします。すると車のロックが解除されます。」は、カードを作らねばならんのかという時点で、めんどくさ!っと思ってしまう。スマートキーの概念はブロックチェーンの応用としてよく語られる。
「計測できないものは、改善できない」とは誰の台詞だったか。ブロックチェーンは、今までマネタイズできなかった概念、GDPの算出から漏れてしまった価値がマネタイズできるようになる。それは、人によっては資本への疎外であるかも知れないが、進むべき道だろう。この本は取っておく。しばらく売らない。
コメント
[…] 何らかの設備の全履歴を偽りなく正確に記録し、デジタルツインで全データを情報化し、そこに書き換え不可能なIDを与えることができれば、信頼性を担保するためのあらゆる「取引コスト」を大幅に削減できる。簡単に言えば、小売店は不要になる。 […]