こんにちは
今回は内田樹先生ですね。Xでは発言の度に賛否両論巻き起こる方ですが、今回は政治的な内容ではなく、武道に関する寄稿のまとめです。
武道はスポーツと異なり、相対的優劣を競わない。勝敗、強弱、巧拙、遅速といった相対的な優劣は、天下無敵のような到達不可能な無限消失点を目指す修行において、多少相手より上手いとか上達が早いといった相対的優劣は意味がないからです。
そういった武道とスポーツとの比較からスタートして、波及していきます。例えば、洋服は被るが和服は巻くとか、西洋は自分を探すが東洋は自分を捨てるとか、精神的な思想の違いまで説明されていて、これが結構面白かったですね。
武道への居着き
一方で、では武道が目指す先にある無限消失点の正しさのようなものはどこから来るのか?というのがよくわかりませんでしんた。師匠に無批判に追従することは、この本が戒める「居着き」ではないのでしょうか?
「居着き」というのは、修継続的な自己鍛錬を止めてしまうことで、武道最大の禁忌とされています。相対的優劣を競わないのも、この「居着き」を回避するためです。「勝ちに居着いた人間」は,成功体験を手放せなくなり、勝ちに居着く。負けたら負けたで、「次は勝つ」という限定的な目標に居着く。そうやって「居着いた人間」は自らの成長を止める。だから、ダメだ、ということですね。でもその論理で言えば、無限消失点を盲目的に追求する行為は、武道に居着いていないでしょうか?
『ただ一撃にかける』 武道とスポーツとの狭間
NHKに『ただ一撃にかける』というドキュメンタリーがあります。これは、下記のように剣道の日本代表選手が世界選手権で優勝を目指すというストーリーなんですけれども、この日本チームの主将である栄花さんは、かつて全日本選手権で非常に苦い思いをしています。
2003年7月イギリスで、剣道世界一を決める世界選手権が41の国と地域の代表選手を集めて開かれた。「剣道の母国」の名を背負い、大会11連覇を狙う日本の大将は身長170センチ足らずの栄花直輝選手。パワーに優れる外国勢の追撃はすさまじく、会場では今度こそ日本が敗れるのではと注目されていた。自分の剣道とは…。勝ち負けに執着する心を捨て、世界の巨漢選手を相手に無心で戦おうとした栄花選手を追う。
相手は全日本選手権を6回優勝し、平成の超人と言われている宮崎さんという方です。栄花さんは、宮崎さんの得意技である面に返し胴という技を準備して試合に望みます。そして、返し胴が決まったと思ったら、審判は全員宮崎さんの面をとるんですね。そして、栄花さんは、何で勝てなかったのかを考え抜いて、一つの結論にたどり着きます。それは、
- 栄花さんは、宮崎さんを見ていた
- 一方、宮崎さんは、無心だった
栄花さんは、そのことに気付いて修行し直し、最終的に宮崎さんを破り、そして、日本の主将として世界大会に臨み、決勝で宿敵韓国と対峙する、というストーリーです。
この本で示される武道は、相対的な優劣を競いません。敢えて競うと言えば昨日の自分である訳ですが、栄花さんの姿勢は、武道の絶対的進歩とスポーツの相対的優劣の両方を高度に実現しようとするものと言えると思います。
私としては、この本で示された武道よりも、武道とスポーツの狭間を渡って行こうとする栄花さんの姿勢の方に思想的な魅力を感じました。
まとめ
まとめると
- 武道とスポーツとの違いを切り口に、生活習慣や思想の違いに話が広がる
- 無限消失点を盲目的に追求する行為は、武道に居着いていないか?
- 武道とスポーツの狭間を行こうとする栄花さんの姿勢の方に思想的な魅力を感じる
という感じでしょうか
本日は以上です。また次の読書でお会いしましょう。


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