桐野夏生『残虐記』 男と少女の淫靡な共犯関係。本当に「弱者」なのは誰か

読書

みなさん、こんにちは。

今日は、桐野夏生さんの『残虐記』をご紹介したいと思います。

自分は少女誘拐監禁事件の被害者だったという驚くべき手記を残して、作家が消えた。黒く汚れた男の爪、饐えた臭い、含んだ水の鉄錆の味。性と暴力の気配が満ちる密室で、少女が夜毎に育てた毒の夢と男の欲望が交錯する。

これは、文庫本の後ろに書かれている紹介文の一部ですけど、これを読んで皆さん、どのような事態ことを想像したでしょうか。少女に性的な暴力が行われた、もっとはっきり言えば少女はレイプされたと推測された方も多いのではないかと思います。私もそう思いましたし、この小説の中でも周囲は好奇の目でそう思ったと度々記載されています。

主人公の少女は、誘拐・監禁という自分にはない大人の男の剥き出しの欲望をぶつけられると同時に、解放後も世間の好奇の目という暴力に晒され続けるわけですが、それに対抗するために、想像力=毒々しい夜の夢を育てることになります。

実際には直接的な性暴力はなく、少女を裸体にしてオナニーするに留まります(十分性的加害ですが)。そして、それどころか、1年1か月に及ぶ監禁生活の中で、10歳の少女と25歳の今でいう境界知能に近い25歳の男は恋愛関係に陥り、少女は男の自慰を助けたこともあると、世間が全く想像しなかった真実が語られます。

つまり、誘拐犯である男と少女は、犯罪の加害者と被害者という単純な対立関係ではなく、むしろ淫靡な共犯関係に近いものがあります(その可能性を見抜き、追求しようとする検事とのやりとりがスリリングです)。少女の世界を誘拐・監禁という形で暴力的に支配する男。一方、少女は男の欲望を支配することで、間接的に世界を手に入れようとする。これが、主人公が育て続けた毒の夢が明らかにした真実でした。

桐野夏生さんは、インタビューで下記のように語っているようです。

想像力を働かせるという方法こそ、想像力を持たず欲望だけがある人物と戦う手段になりえるんじゃないかと思いました。そして、欲望に取り囲まれ、肉体的にも精神的にも奪われるのは常に弱い者ーーー男性よりもやはり女性や子供であると思うのです。

私は、桐野さんの作品を読むと女性の強さ・怖さを感じ、欲望せざるを得ないという男の弱さを常に感じるのですが、桐野さん自身がこのインタビューのように、女性や子供を弱者として想定しているのは少しいがいでした。この作品で最も弱者であるのは、誘拐犯であり境界知能である安倍川ではないでしょうか。

本日は以上です。また次の読書でお会いしましょう。

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