ガッツはもう一度グリフィスと戦わなくてはならない。
ベルセルクは、自らの夢のために戦う物語である。ガッツはこれまで2度グリフィスと戦っている。1度目はグリフィスが勝ち、ガッツは鷹の団に入る。そして2度目はガッツが勝ち、鷹の団を去る。
重要なのは、ガッツが鷹の団を去る理由だ。契機は、プロムローズ館でのグリフィスと王女との会話である。この時グリフィスは、「仲間」と「友」を明確に区別する。
それが叶おうと叶うまいと人は夢に恋焦がれます。夢に支えられ、夢に苦しみ、夢に生かされ、夢に殺される。そして、夢に見捨てられた後でも心の底で燻り続ける。多分死の間際まで。そんな一生を男なら一度は思い描くはずです。夢という名の神の殉教者としての一生を。(中略)
決して人の夢にすがったりはしない。誰にも強いられることなく、自分の生きる理由を自らが定め進んでいく者。そして、その夢を踏みにじる者があれば、全身全霊をかけて立ちむかう。たとえそれがこの私自身であったとしても。私のとって友とはそんな”対等の者”だと思っています。
それまでのガッツは、ただ剣を振り、敵を倒すだけだった。それがグリフィスの夢に繋がるならと特に疑問を持たなかった。しかし、グリフィスの話を聞いて、自分が剣を振るう理由を真剣に問うようになる。そして、グリフィスの「仲間」ではなく「友」となるために、鷹の団を去る決意をする。
以降、ガッツは自分の夢を、自分が剣を振るう理由を探すが、それを見つけるのは、グリフィスを救出し、蝕を経て、復讐の旅から戻り、ゴドーにかけ替えのない者を諭されるまで待たなければならない。「それ」は言うまでもなくキャスカである。
ガッツは自分の夢のために、グリフィスを倒さなければならない。それは、復讐のためではない。仲間の死を悼み、キャスカの記憶を取り戻し、烙印を消して眠れぬ夜から出るために。そんな小さな狂戦士の夢のために。
私も、誰かのために、誰かに生きる意味を預けて生活したくない。それは自分の国を持つなどのような大きさである必要はない。切り込み隊の副長であるガストンが仕立て屋を目指していたように、ジルが両親の元に帰るように、自分で決めた自分の小さな戦場で戦いたい。
おまけ
連載開始は1989年。小学校の頃、蝕や拷問官のシーンが軽くトラウマだった。あれから30年。今更ながら三浦先生の死を悼む。
断罪篇 生誕祭の章までは特に傑作。電子書籍で買ってもいい。
おそらく、グリフィスは自分の国を持つと言う夢のために、ガッツが障壁となる理由が出てくるだろう。今はそれがないと思う。
下記の動画で解説されているが、グリフィスはガッツとキャスカの子供を依代に受肉したことで暖かさや懐かしさといった感情を持つようになる。そして、そのような感情が絶対者として「世界を手に入れる」という夢を阻むものとして立ち現れてくる。だから、グリフィスはガッツを殺そうとする。やはり2人はもう一度戦わなければならない。
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