温暖化の議論は複雑で多岐に渡ることから敬遠しがちだが、この本は全体像を完結に提示しているので、素人のベンチマークにとても良い気がする。何かの議論になった時、ビル・ゲイツはどう言及してたかな、と参照するような使い方だ。
また、日本では脱炭素というと、電気自動車や再生可能エネルギーの議論になりやすいが、農業や肉食、冷暖房など、本気で地球温暖化に取り組むための全体像が俯瞰してまとめられている。2度読む価値がない本はすぐメルカリで売ってしまうのだが、この本は取っておこうと思う。
豊さを諦める必要はない
この本で繰り返し述べている述べているのは、豊さを追求することを諦める必要はない、ということだ。
重要なのは次の点だ。僕のように排出量の多い者はエネルギーの使用を減らすべきだが、世界全体ではエネルギーによって提供されるものやサービスがもっとたくさん使用されて然るべきである。炭素を排出しない限り、エネルギーをさらに使うこと自体は何の問題もない。
“炭素を排出しない限り”という条件付きではあるが、維持することも抑制することも必要ない。特に途上国では、ほとんど温室効果ガスを排出していないにも関わらず、その被害を最大限受けてしまう。
豊さを享受しつつ、炭素ゼロを目指す。この方針に貫かれていることに、ビル・ゲイツの誠実さを感じる。
知っておくべき2つの数字(510億と0)
世界全体の温室効果ガスの排出量は、510億トンである。
これを0トンにしなければならない。
「カーボンニュートラル」という単語や、「20XX年にXX%削減」などの目標を聞くとイメージしづらいが、温暖化をこれ以上進めないためには、排出を0にしなければならない。
日本の数字を確認しておくと、こんな感じだ。
日本はあと8年で6億4860万トン。2050年までに12億1,300万トンを削減しなければならないならないのだ。分かっていたことだが、これは容易ではない。改めて「本当にできるのか」と慄然とする。
- 日本の温室効果ガスの排出量:12億1,300万トン(2019年速報値)
- 日本の排出目標量(2030年度):7億6,140万トン(削減量は、6億4860万トン)※
- 日本の排出目標量(2050年度):0トン(削減量は、12億1,300万トン)
(※2013年度比46%減。14億1,000万トン×0.46=6億4860万トン。)
エネルギー問題
510億トンの内訳は、次のとおりである。
製造が最も多くの割合を占めているが、この本で一番最初に言及されているのは電気だ。もし、ランプの魔神が現れて、どれか一つの分野でブレークスルーを実現してくれるなら、僕は発電を選ぶとしている。そのくらい重要なのだ。
この本では、それぞれの分野において、現状とブレークスルーが期待される技術などが記載されているが、エネルギーについてまとめると次のような感じだ(カッコ内は、私の感想)。
- 将来どのような方法で炭素ゼロの電気を実現するにせよ、それは現在の方法と同じく安くて信頼できるものでなければならない(「信頼できる」は、供給信頼性のことだろう。しょっちゅう停電では意味がない。)。
- 鉄鋼の製造部門や自動車などの輸送部門を炭素ゼロにしてくために、炭素ゼロ電源を今よりも大幅に導入する必要がある。2050年までに2倍、場合によっては3倍まで増やさなければならない(日本は少子高齢化で電力需要が減ると予想されてきたが、製造や輸送の電化を考えるなら、発電容量は増やすのだろうか。)。
- 太陽光や風力だけでは、炭素ゼロは達成できない。原子力を増やすことなく、アメリカの電力網を手軽な費用で脱炭素化することは想像し難い。無視するにはあまりにも有望な分野である。
- 太陽光や風力のような間欠性がある電源は、蓄電技術が欠かせない。そして現時点では、大量の電気を蓄えておくには極めて困難で費用が嵩む。しかし、それでも必要である。
- 蓄電技術として、水素があるが、現時点では炭素を排出せずに水素を作るには高い費用がかかる。バッテリーより効率も落ちる。
フリーライダー問題
この本では、特定の国への言及はほとんどないが、中国は約124億トンを排出している。つまり、日本が絞りに絞って排出0トンを達成しても、中国の10%増加したら、温暖化への貢献はゼロになってしまう。
「GDPあたりの削減」なので、中国の経済成長が年率5%とすると、実際は2025年の排出量は2020年に比べて10%増大する、ということになる。
出典:中国CO2排出は増大する―日本のCO2削減目標深堀は危険だ
いろいろ(特に自動車から)評判の悪い国境炭素税だが、この本ではフリーライダーを抑制するための制度として捉えている。これまでは、対中国の製造業として認識していたので、そういう捉え方をしたことはなかった。そうかも知れない。
日本の場合
総裁選で河野氏が優勢のようだが、彼のエネルギー政策(再エネ100 %)は、極めて高コストである。先日の討論会でも再エネのコストが安いという話をしていたが、これは統合化費用を無視している。
この本でも、原子力が安全で極めて有効な手段として位置付けられているが、河野さんの場合、原子力の新増設だけでなく再稼働すらも怪しい。この点がすごく不安である。
また、日本にとって、GHGの排出削減よりも、目の前の水害対策などの方がよほど大きな効果をもたらすだろう。その意味で、「なぜ炭素ゼロが必要か?」という疑問に、倫理以上の説得力がこの本にあるだろうかというと正直疑問もある。
しかし、無視して良い問題ではない。最初に書いたように、少し手元に置いておこうかと思う。
コメント
[…] 先日読んだビル・ゲイツの地球の未来のため僕が決断したことは、どうすればGHG排出ゼロを達成できるか、という命題に対しての本であり、コストを慎重に考慮していて豊さの実現との両立を前提としているのは誠実だと思うが、そもそも温暖化対策が必要か?という疑問には非常に簡単にしか触れられていない。疑う余地のないもの、なのだ。 […]