[本の小並感 168]DXの思考法 日本人の暗黙知に深く根ざした「古層」と、デジタル化する世界のロジックとの不整合

読書

DXはビジネス界のタピオカ屋か

タピオカ屋の流行を冷ややかに見る向きもあるが、ビジネスの流行も目を覆いたくなる様なものも多い。例えば、Industry4.0の様な新しい概念が海外で提唱されると、日本もどうにかせにゃならんとマスコミが記事にして日本の対応の遅さをアジり、XX総研が20XX年の市場規模XX兆円というレポートを発表し、産官学連携・オールジャパンと謳ったなんちゃら協議会が設立される。

しかし、この協議会は発足当初は何をするのか決まっていない。信じられないかもしれないが、誰も何も具体的なアイデアはなく、本当に何をするか決まっていないのである。参加者としては「張って置かなければ」という意識で、参加する目的はいわゆる「情報収集」である。結果、華々しく設立されたその協議会なりは、数年も経つともはや「まだあったの?」ということも少なくない。

最近の流行りはDXだろう。

ハンコを止めればDXなのか(デジタル化の思想)

この本は、巷でよく言われるやれハンコをなくすとか、ファックスをやめるとか、リモート会議にするとか、そんな薄っぺらい皮相を舐める様な本ではない。DX、その裏にある「思想」を読み解こうとする。

高度成長期の成長を支えたカイシャや、日本産業の持っていた基本的な原理やロジックと、現在のグローバル経済を突き動かしているロジック、デジタル化のロジックとが合わなくなってしまっている。(中略)DXとは企業のあり方そのもの、組織のあり方そのものを問うものであり昭和以来の会社のロジックを乗り越える改革ができて初めてDXが達成できる、という話である。

この意見は至極まともだと思う。

上記の「日本産業の持っていた基本的な原理やロジック」とは、すり合わせに代表されるものづくりのロジックであり、縦割りのロジックであり、具体からスタートするボトムアップのアプローチであり、長期的な人間関係によるガバナンスのロジックである。

では、それを破壊しつつある新しいロジック、デジタル化の根底にあるロジックとは何なのか。本書はそれを

「単純な仕掛けを作ると、目の前にないものも含めて何でもできてしまうかも知れない」という一般化・抽象化の思想

であるとする。

確かに我々は目の前の課題に対して真面目に対応しようとするが、それは個別個別の具体的な改善点に終始ししてしまう。それはよく言えばきめ細やかなサービスである訳だが、ユーザーごとにコテコテにカスタマイズされた独自仕様は、高コスト体質を招きグローバルな競争力を失ってしまう。これは多品種少量生産から抜け出せなかった2012年のルネサスを思い起こさせる。

スマートファクトリーが実現すれば「業界」は存在しない

例えば、抽象化を進めれば、製造業には大きく分けて組立加工型とプロセス加工型との2種類しか存在しない。だから、製造ラインというのは究極2種類だけあればよく、もしそのような万能工場が実現すれば、既存の業界という枠組みはもはや存在しない。あるのは組立加工製造サービスであり、プロセス加工製造サービスのみである(製造業はサービス化する)。

これは暴論だが、テクノロジーがそのハードルを下げつつあることは事実であり、そこでは縦が横になるというのような構造の転換が行われる。矮小化してしまうかも知れないが、垂直統合が水平分業に移行するのだ。

RAMI4.0の読み方とDXの思考法

本書はその発想の転換のためにレイヤー構造を持つアーキテクチャーを使えという。例えば、RAMI4.0というIndustry4.0で示されるモデルが、既存の企業の構造を示すX軸から、Z軸への転換だという(著者はこの解釈を発案者に確認するためドイツまで行っているが、その通りとの見解だったという。RAMI4.0を知っている人は多いだろうが、この解釈を知っている日本人はほとんどいないのではないか?)。

RAMI4.0の読み方(X軸からZ軸への転換)

本書は、レイヤー構造、アーキテクチャーなどの用語と概念を、料理に例えるなどして「分かってもらおう」という努力が見て取れるし、冨山さんは「これで分からない奴はダメ」という解説をしているが、私は残念ながらハッキリとは分からなかった。

RAMI4.0もZ軸のイメージが掴めないが、構造の転換、ロジックの転換、発想の転換だという点は何となく分かるし、DXで問われているのが、いわゆる「日本人的思想」そのものであり、そこを脱却しない限りDXは達成し得ない、ということは理解できる。

いま日本の陥っている危機の原因は、政治学や経済学などのレベルではなく、このように日本人の暗黙知に深く根ざした「古層」とグローバル化する世界との不整合にあるような気がする。60年安保では知識人の先頭に立ってそれを変えようと試みた丸山は、晩年には政治活動から身を引き、一種の諦観の境地に達してしまった。出典:日本政治の「古層」

2度読まない本は即売るが、この本は売ろうかちょっと迷う。

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